私にもできる!正しい瞑想のやり方と瞑想の効果を高める方法


瞑想のやり方と瞑想の効果

瞑想をやってみたいけど正しいやり方がわからないという皆さんや、今の瞑想の方法では効果が実感できないという皆さんのために、瞑想の正しいやり方についてわかりやすく解説します。瞑想の効果を実感するためのコツが満載です。

今世の中は多くの情報にあふれ、日々忙しく、私たちは多くのストレスを心にため込んでいます。それと同時に、今まであまり必要性を感じていなかった瞑想への注目度が高まりつつあります。

上手にできるか不安なあなたにもできる効果的な瞑想で、自信や幸せ、充実や本来の自分を取り戻してみませんか?

    目次
  • 瞑想の基本1:瞑想をする意味
  • 瞑想の基本2:瞑想と睡眠の違い
  • 瞑想のやり方1:とにかく目を閉じることを続ける
  • 瞑想のやり方2:瞑想におすすめの姿勢とは
  • 瞑想のやり方3:瞑想の呼吸の方法
  • 瞑想のやり方4:瞑想におすすめの音楽の選び方
  • 瞑想のやり方5:瞑想を習慣にするコツ
  • 瞑想の効果1:集中力が高まる
  • 瞑想の効果2:自信がもてるようになる
  • 瞑想の効果3:雑念を手放せる
  • 瞑想の効果4:意志力が強くなる
  • 瞑想の効果5:心が満たされる
  • 瞑想の効果6:行動力がみにつく
  • 瞑想の目的:充実した人生を送る

瞑想の基本1:瞑想をする意味

瞑想が大事なことであるということは、何となく漠然とでも知っているし、信じているものです。ただあまりにも漠然としているために、「瞑想の意味は?」と聞かれたとしても、多くの人は答えられません。

瞑想の意味といっても、色々な意味があります。そのどれもが正解であるし、瞑想の効果を実感している人も実際にいます。

これだけが正解ということではないのですが、瞑想をする意味は「ありのままの自分を観察する」ということが、大きな意味づけになります。

私たちは、自分のことがわかっているようで、わかっていないものです。そのためありのままの自分が見えていません。ありのまま自分が見えないので、どうしていいのかがわからないのです。

瞑想をすることでありのままの自分が、だんだんと見えてくるようになります。そして、第三者的に客観的に今の自分を見つめることができます。

通常の生活でも、客観的に自分を見つめることはできるのですが、ただ目からの情報が多すぎて、自分のことが見えなくなってしまっています。

瞑想を始めたばかりの人は、雑念に悩まされます。誰がやっても最初は雑念があります。瞑想を始めたお釈迦様でも、最初は雑念があったといいます。とくに今の時代は情報が多すぎて、情報に触れる時間が多いので雑念に悩まされるのは当たり前なのです。

瞑想は意味がない?という雑念

雑念があまりにも多いと「こんなことをやっていても、意味がないのではないか」という思いになっていきます。これも誰もが通過していく思いです。このような思いが浮かんできても、大丈夫!そのまま続けてることが大切です。

意味がないように思えてもいいので、そのまま続けてみましょう。

瞑想をする意味は「ありのままの自分を観察すること」。雑念があるからこそ瞑想が必要なのです。もし何も雑念がなければ、瞑想する必要はないのです。その雑念を流していくために瞑想が必要なのです。

瞑想でありのままの自分を観察することができれば、自分の今の気持ちがわかります。私たちは色々な情報に触れて、理想論や綺麗ごとにも多く触れることがあります。

いくら理想論や綺麗ごとを知っていたとしても、「その通りになっていますか?」「その通りにできますか?」と言われれば決してそうではありませんね。

多くの知識を学んでいる人ほど、理想論や綺麗ごとをよく知っています。ただ知っていても実際に実践できる人は、ほとんどいないのが現実です。

それは、ありのままの自分の気持ちは、理想論や綺麗ごとのようにはなっていないからです。

たとえば、ダイエットに挑戦する人がいたら、ダイエットの方法は簡単で「食べる量を減らして運動をする」ということを続けて実践すれば、確実にダイエットに成功できます。

ただこの理屈通りにできないから、多くの人は悩みます。理屈で何とかなるのであれば、誰も苦労はしなくなります。

ありのままの自分を見るということは、一切の理屈抜きで、理想論や綺麗ごとを抜きにして、今の気持ちのありのままを見るということです。

今のありのままの自分の気持ちは、ひょっとしたらダイエットをしたくないのかもしれないし、今のままで満足しているのかもしれないのです。口では願っていても、気持ちの面では願っていないこともあるものです。

ありのままを知るということは、そういうことです。理屈では理想論や綺麗ごとに向かいたいのですが、気持ちの面では向かいたくないし、願ってもいません。

ありのままの自分というのは、自分が知っていることと大きなギャップがあるということになります。

そしてありのままの自分は、とても理想論や綺麗ごととはかけ離れている、思考や思いもあるのです。とても醜くて、怪物のようなことを思考したり思ったりするのです。

到底、口に出して言えないような思考や思いがあることに、気づいていくのです。私たちの雑念というのは、そのような思考や思いの塊でもあるのです。

瞑想が続かない原因の一つに、この雑念に耐えられないのです。瞑想中なので、どんなことを考えても、どんなことを思っても他の誰かに知られることはないのですが、自分のありのままの思考や思いに耐えられなくなるから、続けられなくなるのです。

その全てのありのままの自分を観察することで、だんだんと雑念が流れていきます。目を閉じることで、自分の思考や思いをそのまま観察できます。第三者的に客観的に観察をしていくことで、思考や思いが流れていくのです。

瞑想を始めたときは、雑念に悩まされますが、その雑念はどんどん流れていきます。電車に乗っているときに、外の景色がどんどん流れていくように、瞑想をすることで雑念が流れていくのです。

この雑念が流れていけばいくほど、自分の本当の気持ちというのがだんだんと見えてくるので、そこまではただひたすら雑念を流していくようにしてみてください。

瞑想はありのままの自分を観察していきながら、本当の自分の気持ちと出会うために、雑念を流していくために必要なことです。


瞑想の基本2:瞑想と睡眠の違い

瞑想と睡眠の違い

瞑想も睡眠も同じように目を閉じることなのですが、瞑想と睡眠は違うということを、まず知っておいてください。睡眠で身体の疲れがとれなくても、瞑想をすることで身体の疲れがとれることもあるのです。

瞑想を習慣にしていくことで、わずかな睡眠でも疲れがとれていくことがあるのです。瞑想をしながら、そのまま寝てしまう場合もありますが、寝ても疲れがとれなくても、瞑想することで疲れがとれるのです。

ある程度、瞑想の習慣ができるようになれば、睡眠時間が短くても疲れなくなっていきます。睡眠は睡眠で必要なのですが、一気に寝て、一気に起きれるようになるので、身体が軽くなっていきます。

瞑想は心に時間を投資することでもあるので、心が満たされていきます。睡眠は身体の疲れをとるために必要ですが、瞑想は心を満たしてくれるので、瞑想と睡眠で心身共に充実させることができるのです。

瞑想をしているときは、意識があります。なので何を思考しているのか、何を思っているのかを把握することができます。

寝ているときというのは無意識なので、見たくない夢を見たり、客観的に把握できないこともあるので、夢を見ることで疲れることもあるのです。よく悪夢を見る人は、寝ることでかえって疲れることがあるので、脳が休まっていないのです。

瞑想と睡眠は明らかに違います。瞑想は身体をリラックスさせる効果もあるので、意識を持ちながら身体を休めることもできるのです。

瞑想を実践していくと、睡眠の質も上がっていきます。瞑想をすることで余計な記憶が整理され、思考もゆっくりになっていくので、余計なことを考えることが少なくなるので、寝つきも良くなっていくのです。

瞑想をしないで睡眠だけだと、記憶が大きく残っているので脳に刺激がなくて、寝つきが悪くなることもあるのです。寝たい身体と大して刺激がない脳との間で、ぐっすりと眠れないことがあるのです。

瞑想と睡眠のバランスが必要なのですが、睡眠は今まで通りでもいいので、瞑想を実践することでバランスが自然にとれていきます。瞑想と睡眠のバランスがとれるようになれば、身体の調子も良くなるし、モチベーションも保っていけるようになります。

瞑想のやり方1:とにかく目を閉じることを続ける

瞑想のやり方

瞑想のやり方には 色々なやり方がありますが、どれも効果的であり、どれも続けられれば、効果は確実に出る方法ばかりです。

「手がこうで、足がこうで、呼吸がこうで、姿勢がこうで・・・」と姿かたちばかりを教えている人が多いのですが、実際にできるでしょうか?

どんなに瞑想の知識を多く知っていたとしても、実際にやらなければ、続けられなければ全く意味がありません。たとえ瞑想に関する全ての知識を知っていたとしても、実践ができなければ全く意味がないのです。

まずは形にこだわらず続けることを大事にする

どんな方法ややり方を知っているかということが問題なのではなく、いかに続けられるかが大きな問題になっていくのです。

瞑想は毎日実践することが大切です。たまに思い出したときに、瞑想をしても意味がありません。なので最初に考えることは、今の生活の延長線上からどのように実践していくかになります。

今の生活の中で、目を閉じても支障がない時間と場所を考えてみましょう。たとえば、移動時間や待ち時間は目を閉じていても、支障はありません。車を運転している人には無理なことですが、電車やバスで移動している人は、車内が満員であっても、目を閉じることができます。

可能な限り空いている時間は、目を閉じるように努力してみましょう。もしそれができるようになれば、一日の中で相当な時間の瞑想ができます。もちろん、私たちには他にもやることが沢山あるので、瞑想だけをしているわけにもいきません。

普段から目を閉じているだけで、瞑想の状態になっています。周りがうるさくて、イライラしていても瞑想ができます。なので「瞑想」という姿かたち、場所にはこだわらなくて大丈夫です。いつでもどこでも瞑想はできます。

瞑想のやり方2:瞑想におすすめの姿勢とは

瞑想のときの姿勢は、基本は背筋を伸ばして、あごを引いてという姿勢があります。椅子に座っているのであれば、手の平を上に向けて、自然な形で座るようにしてください。

椅子に座らないのであれば、あぐらをかいて、同じように背筋を伸ばして、あごを引き、手の平を上に向けてと、基本的には同じです。

基本的な姿勢をする理由があります。人の心と身体というのは、同じ姿かたちなのです。身体を正すことで、心が正されていきます。なので瞑想のときは、できる限り、姿勢を正した方がいいです。

ただ最も必要なのは、リラックスです。身体をリラックスさせることで、心もリラックスできます。

はじめは姿勢やかたちにこだわらない

瞑想を始めたばかりのときは、姿かたちにはこだわらないでください。最初から完璧にやろうとすると続かなくなります。姿かたちよりは、リラックスすることを優先にしてください。

瞑想が習慣になってきてから、基本の姿勢を意識しながら、取り組んでみるようにしてください。ただ瞑想をする場所が定まっていなかったり、基本通りにできない場合は無理に姿勢を正す必要はありません。

瞑想のときの姿勢で、リラックスを優先にしていくのですが、人によってリラックスの姿勢は違います。腕を組むことで、リラックスできる人もいるし、猫背になることで、リラックスをできる人もいます。

身体の姿勢というのは、心の姿勢でもあるのですが、今の心理状態の影響でもあります。心理状態というのは瞑想をすることで変わってもくるので、最初に無理して基本的な姿勢にこだわらなくても大丈夫です。

身体の使い方から心を正すことはできますが、それを毎日継続するというのは大変なことです。

瞑想で心を正したら、身体の使い方も変わってきます。瞑想で過去の記憶を流して、小さくなってきたら、身体の使い方にも影響を与えることができるのです。

どちらから、心と身体を正していくのかは、人それぞれでいいのですが、問題は続けられるかどうかです。身体を正して、心を正すことができれば理想ですが、実際に続けられるかどうかが重要です。

なので普段の生活の延長線上からの瞑想であれば、姿かたちにはこだわらなくてもいいです。もし姿勢が悪いのであれば、心理状態がまだ悪いということでもあります。だからこそ、瞑想をしているのであって、姿勢を正すために瞑想をしているのではありません。ただ悪い姿勢であったとしても、心理状態からみた場合、その姿勢が一番落ち着く姿勢だということです。

無意識の姿勢で自分の心理状態を把握することができます。姿勢は瞑想をしているときに、たまに思い出したときに少し正す程度でもいいです。姿かたちにこだわるよりは、目を閉じて瞑想をする方を優先にしてください。瞑想で心を正して、身体を正すというのが理想的です。

また、基本の姿勢にこだわって、身体が痛くなってしまうときは基本の姿勢でなくてもいいです。あぐらをかいていると足が痛くなることがあります。その場合は姿勢を変えても問題はありません。リラックスできる姿勢にしてください。足を伸ばしてもいいし、正座が落ち着くのであれば正座でもいいです。

瞑想は立っていてもできます。満員電車で目を閉じれば瞑想ができるようにどんな姿勢でもいいのです。瞑想はとにかく続けることが何より大切なことなのです。姿かたちは二の次でいいのです。もっと厳密に言えば、瞑想というよりは、目を閉じていればいいということなのです。目を閉じる時間が多くなることで、瞑想ができているということなのです。

実際問題として、現代人は忙しい中でリラックスできる環境を確保するのは、難しいです。今の環境の中で、工夫をしながら瞑想に取り組んでいくことで、少しずつ環境を整えていけばいいです。理想通りにいかなくても、瞑想はいつでもどこでもできるということを覚えておいてください。

瞑想のやり方3:瞑想の呼吸の方法

瞑想の呼吸の方法

呼吸はゆっくり吐くことだけを意識してみてください。目を閉じながら「口からゆっくりと、細く、長く吐く」ということで、呼吸は十分です。瞑想の時間の全てにこの呼吸をする必要はありません。ちょっと思い出したときに、この呼吸をしていけばいいです。

瞑想と呼吸法というのはセットのようなイメージがありますが、呼吸法は瞑想の補助のようなものです。呼吸法ばかりに気を取られる必要はないし、呼吸法が目的ではありません。

あくまでも瞑想をメインに考えて、呼吸法で心を落ち着かせてから、瞑想をやると効果的というだけです。

息を口からゆっくりと、細く、長く吐く

吸うことは意識しなくてもいいです。口から吐き切ることで、自然に吸うようになるので、吐くことだけを意識しましょう。

ゆっくりと、細く、長く吐くことで、気持ちの面で安定していきます。目を閉じながら、この呼吸法で心を落ち着かせてから瞑想に入りましょう。回数は1、2回でも構いません。

瞑想のときに呼吸法を取り入れるのであれば、まず毎日1、2回を習慣にしてみてください。最初から回数を多くすると続かなくなります。呼吸法で、リラックスをさせることができるので、最初はリラックスをさせるくらいに考えてもいいです。

瞑想中に呼吸法を何回も繰り返していると、瞑想をしているのか、呼吸法をしているのかがわからなくなってしまい、瞑想自体が苦痛になることもありますので、瞑想のための呼吸法ということを忘れないでください。呼吸法を思い出したときに、やってみる程度でいいです。

呼吸法をする目的は、意識を集中させるためです。人が一瞬一瞬で意識ができることは、一つのことだけです。普段の呼吸は無意識にやっているので、呼吸を気にすることはないのですが、呼吸法というのは意図的に長くすることで、意識を一つにできるので、呼吸法が用いられています。

ただ瞑想の場合、意識を集中させることが目的ではなく、余計な雑念を流して、記憶を小さくして、思考をゆっくりにするというのが目的があるので、瞑想を開始するときに簡単に呼吸法をやるくらいで大丈夫です。

もし瞑想のときに呼吸法の回数を増やしていくのであれば、瞑想の習慣ができてからにしてください。まだ瞑想の習慣ができていないときに、瞑想と呼吸法の両方を同時にやろうとすると必ず挫折してしまいます。

瞑想の習慣の土台ができた上で、呼吸法を取り入れることで、両方を無意識にできるようになっていきます。

瞑想にしても、呼吸法にしても、一番大事なことは「続ける」ということです。続けないと意味がありません。

瞑想や呼吸法を専門的にやっている道場も、たくさんあります。毎日通うことができれば、極めることができますが、それだけをやっているわけにはいかない人が多いので、通わない日は自分で瞑想と呼吸法で、補助するということも必要なのです。

瞑想を通して、呼吸法を通して、どれだけ人生が変わったのかということが、最も重要なことです。瞑想の目的、呼吸法の目的はあくまでも、心の転換のために実践しているのであって、瞑想と呼吸法自体が目的ではないということを忘れないでください。

瞑想のやり方4:瞑想におすすめの音楽の選び方

瞑想のときの音楽は、脳に効果がある音楽であったり、色々な音楽を試してみてもいいのですが、基本的にはリラックスができる音楽がおすすめであり基本です。瞑想のときにリラックスができる音楽が最も効果的です。

ただ、音楽は無数にあるので、何が良いかを選べない人も多いですね。「あれがいいこれがいい」と、おすすめの音楽にこだわったら、迷う一方です。

瞑想のときに聴ける音楽は一つだけですので、あまりおすすめにまどわされず、何となくでもいいので自分の直感で選んでみましょう。瞑想用の音楽もありますが相性もありますので、自分がリラックスできる音楽であれば何でも大丈夫です。

逆に音楽を聴くことで、瞑想に集中ができない人もいます。音楽が無い方がリラックスできる人もいます。その場合は無理して音楽を聴く必要はありません。

瞑想をしているときの音楽は、無意識に聴いているというのが理想的です。音楽を無意識に聴いていて音楽が気にならないものが理想です。音楽はその瞑想を補助していくための、道具に過ぎません。

瞑想に音楽を取り入れる目的は、外の環境に集中ができなかったり、イライラすることがあるので、それを防止するために音楽を取り入れるという目的もあるのですが瞑想の目的には、「ありのままの自分と向き合って観察する」という目的もあるので、集中ができないことやイライラすることもありのままなので、それを音楽でごまかしてはいけないのです。

瞑想のやり方5:瞑想を習慣にするコツ

瞑想がなかなか続かない人もいれば、瞑想を上手に続けている人もいます。この差は何でしょうか?気合や根性の差、あるいは意志の強さの差と思われがちですが、人の意志の強さは似たり寄ったりで大した差はありません。

ではどうしたら、瞑想を続けられるのでしょうか?瞑想を習慣にしていくということなのですが、習慣というのは無意識にできるようになることを言います。

たとえば、歯を磨く習慣というのは、誰でも習慣になっているので、たまに疲れて面倒だと思ったとしても、気合や根性がなくても続けることができます。

毎日やっていることに、気合や根性を入れながら続けることはできません。なので瞑想も今の生活の延長線上から習慣にしてしまえば、改めて瞑想をする時間をつくらなくてもいいのです。

瞑想の習慣を身につけるためには、今の生活の中で目を閉じる習慣を身につけてみてください。たとえば、電車やバスで移動することが多い人は、その移動中に目を閉じます。

会社までの移動時間が1時間あれば、その1時間の中で目を閉じるのです。最初は1時間全ての時間に目を閉じることは苦痛に感じるので、数分程度でもいいです。1分くらいから始めてもいいです。

あるいは、待ち時間の中で目を閉じるということもできます。瞑想を習慣にするためには、目を閉じる習慣から始めてみてください。瞑想は目を閉じれば、いつでもどこでもできます。

今の生活の中で工夫をしながら、目を閉じる習慣ができれば、誰でも簡単に瞑想ができるようになっていくのです。

移動時間や待ち時間で目を閉じても、周りの人がうるさくて集中ができない場合もありますが、無理に集中しようとしなくてもいいのです。ただ目を閉じればいいのです。

今の生活の延長線上から、目を閉じる習慣を、まず3週間(21日間)続けてください。最初は1分程度からでもいいので、必ず毎日続けてください。

瞑想というと、「手がこうで、足がこうで、呼吸がこうで、静かな場所で・・・」と姿かたちや場所にこだわってしまうのですが、最初から完璧にやろうとすると、必ず挫折します。3日も続けられないのです。

瞑想を最初に始めるときは、ただ「目を閉じる」以上です。目を閉じるだけなら、誰でもできるのです。目を閉じて、雑念が浮かんできてもいいし、周りがうるさくてイライラしてもいいので、ただ目を閉じてください。最初から完全完璧にやる必要はありません。

最初の3週間を続けられたら、そこから少しずつ時間を増やしたり、深呼吸等を取り入れながら、少しずつ姿かたちを整えていけばいいのです。はっきり言ったら、姿かたちはどうでもいいのです。そんなには重要なことではないのです。瞑想で一番必要なことは「目を閉じる」ことだけなのです。

瞑想を習慣にできていけば、うるさい場所であっても簡単に集中できるようになっていきます。周りがうるさくても、気にならなくなるのです。そうなれば、いつでもどこでも瞑想ができるので、瞑想の時間を自然に増やすこともできるのです。

まずは最初の3週間を意識して、この3週間で瞑想の習慣を身につけていけば、無意識に続けることができるの、どんなに意志が弱くてもできるようになります。

瞑想の効果1:集中力が高まる

「集中力」というと、気合や意志の力で集中するような印象がありますが、集中している状態というのは、雑念がない状態と言えます。

私たちの思考というのは非常に忙しく動いています。一日に約6万回の思考をしていると言われるほどです。そしてこの思考というのは、全く一貫性がなくて、あっちこっちに飛んでいて、今やっていることと、思考をしていることが全く違うために、集中ができないということになります。まさに「心ここに在らず」の状態です。

今、目の前のやっていることに集中するということは、簡単なことではありません。単純作業ほど難しく、スキルが必要な作業であれば、多少の緊張感もあるため集中せざるを得ないのですが、無意識にできることほど集中が難しいものです。

集中ができないがゆえに目の前のことに投入ができません。また目の前のことに投入ができないので同じことを繰り返していると惰性的になってしまうい手を抜いたり、楽をしたり、サボろうとしてしまいます。

このような悪循環になっていくと、生き方そのものが惰性的になってしまい、充実した毎日になりません。

集中をするというと大変なことのようなのですが、集中ができるということは充実した生き方ができるということができます。

私たちが集中ができない原因は雑念なのですが、雑念は過去の記憶が原因になっています。人の脳は一度でも一瞬でも、見たもの、聞いたことを記憶します。そして同じことを繰り返し見たり、聞いたりすることで、記憶が強化されていくのです。その記憶が、雑念として、あっちこっちに飛んでいて一貫性がなくて、忙しく思考をしているのです。

その記憶、雑念、思考を瞑想を通して流していくことができます。目を閉じることで、一貫性がない雑念が流れていくのです。雑念が流れていけば、過去の記憶が小さくなり、思考がゆっくりになるので、集中力が高まってきます。目の前のことに集中ができるようになっていくので、行動に投入ができるようになっていくのです。

「これは集中するけど、これは集中しない」ということを分けないで、目の前のことの一つ一つに集中することで、生き方そのものが変わっていきます。

脳にとってはとても疲れることなのですが、毎日を歩み切ることができるので、同じ時間の長さでも、充実した歩みにすることができます。

毎日を集中して投入ができる人になれば、人の雰囲気も変わってきます。その雰囲気になっていけば、多くの人に影響を与えることができるようにもなります。

集中している人の行動というのは、明らかに違うものです。無意識に他の人から惹かれるような行動ができるようになります。

瞑想の効果2:自信がもてるようになる

多くの人は自信が持てていません。他の誰かから言われても、励まされても、なかなか自信を持つことはできません。それは外から与えられることではないからです。

自信は心で感じることであるので、いくら理屈で知っていても感じることができません。「もっと自信を持ちたい」と思っている人は、多くいますが、心からの自信のつけ方がよくわからないのです。

子供の頃というのは、まだ知識も経験も少ないのですが、余計な記憶が少ないので、全く根拠がない自信を持てるのです。幼い子供が「将来、何々になりたい」という夢を持つことができるのは、過去の記憶が少ないからで、現状の理屈とは合わないことを夢見ることができるのです。

それがだんだんと成長するにつれて、現実というのを理解するようになると、だんだんと自信が持てなくなっていきます。元々、人は根拠のない自信を持っていたのです。ただ記憶が大きくなるにつれて、現実からしか見れなくなってしまい、自信が持てなくなってしまったのです。

自信には根拠はありません。なぜなら「自分を信じる」ということなので、「信じる」ということは、根拠がないからこそ必要なことです。

瞑想を習慣にしていくことで、自信は自然にできます。私たちが自信を持てない原因は、過去の記憶が大きいからなのです。その記憶が小さくなっていけば、自信が持てるのです。

瞑想で過去の記憶が流れていき、記憶が小さくなっていけば、元々の根拠のない自信が思い出されていくのです。瞑想で心が強く前に出てくることで、根拠のない自信が思い起こされてきます。

瞑想を通してつけることができた自信というのは、心からの自信です。人が本当に持ちたい自信というのは「心からの自信」なのです。単なる気休めではなく、感じられる自信を持ちたいのです。

私たちが目指す自信というのは、何も語らずとも、自信があるように見えるようになることです。

たとえば、精神統一を極めた人というのは、何も語らなくても、誰が見ても自信があるように見えるのです。あるいは、スポーツにしても、芸術にしてもその道を極めた人というのは、何もアピールをしなくても自信があるように見えるのです。

このような自信を目指していきたいのですが、そのためには瞑想と極めるための行動が必要なのです。瞑想を通して、行動が自然にできるようになれば、一つのことを極めることができるようにもなるのです。

瞑想で記憶が小さくなったら、行動が必要なのです。瞑想と行動が一致したときに、自信があるように見えてくるのです。

心からの自信がある人は、必ず行動も自信があるように見えるのです。やはり人が見ているのは、その人の行動であるので、心と行動が一致したときに、自信がある人に見えるのです。

瞑想の効果3:雑念を手放せる

瞑想をしていると必ず雑念が浮かんできます。これは誰がやっても雑念が浮かんでくるのです。ただその雑念を観察してみると、あっちこっちに飛んでいて、一貫性がなくて非常に忙しく動いているのです。

瞑想をしているときは、目を閉じて身体は停止している状態なので、当然雑念は流れていきます。この雑念には執着する必要はありません。

とくに瞑想を始めたばかりのときは、雑念に悩まされます。あまりにも雑念が多いので、その雑念に耐えられなくなります。この雑念があるので、多くの人は継続ができないのです。

確かに雑念があると苦しいですが、逆に言えば雑念があるから瞑想をしています。もし全く雑念がないとしたら、瞑想をする必要はありません。

私たちの日常というのは、絶えず雑念に悩まされています。どうでもいいことを考えたり、どうでもいいことを感じたりしているのです。ほとんどの場合「心ここに在らず」の状態になっているのです。

瞑想をしていると、その雑念がはっきりとあからさまに出てくるので、非常に苦しくなっていくのです。普段は無意識に目を背けている雑念を見ると、苦しくて苦しくてその場から、逃げ出したくなるのですが、それがあなた自身の雑念だということです。

とくに現代人は情報がすぐ身近にある状態なので、自分の内面と向き合うことがいくらでも避けれるのです。時間さえあれば、スマホを見る、パソコンを見るということができるので、雑念と避けることができるのです。

ただどんなに雑念を避けたとしても、雑念というのは消えません。むしろ大きくなって、強化されていくのです。その雑念が記憶とし定着をして、その記憶で思考をするので、過去の記憶からしか思考ができないのです。

イメージ的には、心の深い境地に辿り着くまでは、心の周りを雑念が覆っているような状態なので、自分の心が雑念の霧で曇っていて見えない状態になっています。

雑念というのは、本当のあなたの考えや思いではないので、一切あなたとは関係がないのです。なので執着する必要はないし、どんどん手放してスッキリさせる必要があるのです。

瞑想を続けていけば、雑念は必ず小さくなっていきます。完全には無くならないのですが、小さくなることで、雑念に悩まされることがなくなっていきます。

雑念が小さくなって、自分の本当の心に辿りつくようになれば、直感やインスピレーションが与えられるようになっていきます。

瞑想の効果4:意志力が強くなる

よく「自分は意志が弱い」あるいは「あの人は意志が弱い」と言う人がいますが、人は悲しいくらい意志が弱いので、簡単に挫折するし、継続ができないし、落ち込みやすいものです。

元々意志が強そうな人というのは無意識に意志を強くしている習慣が身についているのですが、ほとんどの人はそのような習慣になっていないので、意志が弱いのはむしろ当然です。

意志力を間接的に強めていく方法が食事と運動です。良い食事をして運動をしていくことで意志力は強まっていきます。ただこの方法は間接的なので時間がかかるし、あまり効果的ではありません。

直接的に強める方法が「瞑想」です。瞑想をすることで、心を直接、強くできます。心を強くするには時間の投資が必要なのですが、瞑想をすることで心に直接時間の投資ができるようになるからです。意志を強める一番早い方法が瞑想なのです。

意志というのはいくら理屈で知っていても強くはならなりません。たとえば、なかなかタバコをやめられない人や、ダイエットが続かない人は、理屈ではタバコをやめたい、ダイエットを続けたいと思ってもいても続けられません。中には環境を無理やり変えて、タバコをやめること、ダイエットを成功させようとしてしまうのですが、自分の意志が変わらなければ、いくら環境を変えても、また元に戻る可能性があります。環境を無理に変えたがゆえに、リバウンドになる可能性もあるのです。

本当にやめたい、あるいは成功させたいのであれば、自分の意志を強くして、自然にできるようにするしかありません。自分の意志の力というのは、自分ではわかりにくいのですが、意志力が強くなっていけば、自然にできるようになります。

意志が強くなってくると、タバコを吸いたくなくなる、あるいは食事を減らせるようになったりするので、無理にタバコをやめたり、食事を減らすのではなく、自然にできるようになります。

瞑想を習慣にしていくことで意志力が強くなっていきます。自然に強くなっていくので強くなった意志は戻ることはありません。

瞑想の効果5:心が満たされる

瞑想の呼吸の方法

私たちの脳は外からの情報によって、いつもいっぱいいっぱいの状態でパンパンになっています。そして情報によって雑念が心の周りを覆っているようになっているので、心が霧で隠れている状態になっています。

そのため心を満たそうとしても、雑念が覆っているので心まで辿り着きません。

心が満たされていないので、不安や恐怖を感じその不安や恐怖を紛らわしたりするのですが、それでも満たされないのでさらに他のもので満たそうとするという、悪循環が続いていきます。

物に執着するというのはその典型で、心が満たされていないから、物で埋めようとします。必要な物は必要なのですが、必要以上に物に執着することは、心が満たされていないということでもあります。このような人は、どんなに物に囲まれても、心が満たされることはありません。

その他にも、情報に執着する人もいます。とくに今の時代は、情報が瞬時に得られるので、色々な情報に触れることができます。情報も必要な情報と、必要ない情報があって、何かの情報に触れていないと、不安や恐怖を感じるのも心が満たされていないからなのです。

それから、地位や名誉にも執着する人もいます。自分の位置や立場をやたらと誇りながら、上から目線で他の人を見下したりするのも、心が満たされていないからなのです。

外の全てのものは、永遠性を持たないのです。壊れるか、無くなるか、流れていくのです。なので執着をする意味がないということなのです。心が満たされていない人は、このことに気づけないのです。なので見えることしか信じられないのです。

瞑想を習慣にすることで、余計な雑念が流れていくので、脳に真空状態ができます。そして、頭の中がスッキリしていくので、余計な思考をしなくなっていくのです。

それから心が満たされていくのですが、心を満たしてくれるのが時間なのです。瞑想の時間というのは、そのときに心理状態で、長く感じたり、短く感じたりするのですが、時間そのものの長さは変わっていないのです。

瞑想している時間に心が満たされていくのは、その時間は「心理的な自由」を感じているからなのです。私たちがいくら自由を求めるにしても、時間と空間は越えることはできないので、自由に限界があるのです。

瞑想の時間は、唯一、時間と空間を越えることができるので、心理的な自由を得ることができるのです。心理的な自由を感じることができれば、心を満たすことができるのです。

では、心を満たすことによって、どのようになっていくのでしょうか?

心が満たされると、余計なものに執着しなくなります。物や情報や地位や名誉にこだわらなくなるのです。必要がなくなるので、執着しなくなるのです。

そして、心が満たされるとモチベーションが上がっているので、積極的に行動ができるようになります。行動ができるようになれば、当然結果もついてくるので、またモチベーションを上げるようになっていきます。

行動がなかなかできない人はモチベーションが低いのと、心が満たされていないからなのです。

心が満たされている人は、勝手に行動をしてしまうのです。勝手に行動をして、さらにモチベーションを上げて、目の前のことに投入ができるのです。投入することで、また心が満たされていくのです。

全ての習慣というのは、循環になっているのです。良い循環の流れができれば、良い方向に行くし、悪い循環の流れだと、悪い方向にいくのです。

その習慣の根底にあるのが心なのです。心が満たされているか、いないかで人の行動は大きく変わります。人は心で感じている通りに行動するようになっているからです。

心は瞑想の習慣によって、満たすことができます。心を満たすというのは、理屈ではないのです。何を知っているから、満たされるということではなく、何を感じているのかで満たされていくので、瞑想によってしか心を満たすことはできないのです。

今まで何かに執着をしていたことに気づいても、なかなか手放すことができなかった人は、心を満たすことだけを考えてみてください。瞑想によって心を満たせるので、執着は簡単に手放すことができるようになります。

瞑想の効果6:行動力がみにつく

何のために瞑想をしているのかといえば、「行動するため」あるいは「行動ができるようになるため」に瞑想をしています。

いくら瞑想をしていても人生は変わらないし、行動をしないことには変えられません。瞑想のための瞑想ではありません。行動のための瞑想であるということです。

ただ私たちは行動が大事であるということを知っていても、なかなか行動ができません。行動が億劫に感じるので、行動が大変なのです。

あるいは、どのように行動をしていいのかが、わからない人もいます。最初の第一歩が見えなかったり、どうしていいのかわからないまま、流されてしまう人もいるのです。

瞑想自体というのは、何の生産性もありません。どんなに瞑想を極めたとしても、多くのことを悟ったり、気づいたとしても何の生産性もないのです。

ですが、瞑想を通して行動がしやすくなっていくのです。余計な雑念が消えて、過去の記憶が小さくなり、思考がゆっくりになることで、行動がしやすくなっていくのです。今まで億劫に感じていたことが、自然にできるようになっていくのです。多少、面倒だと感じたとしても行動ができるようになっていきます。

私たちが行動を億劫に感じるのは、過去の記憶が大きいのと、思考が早く動くからなのです。記憶が小さくなって、思考やゆっくりになれば、考える前に行動をしてしまうので、行動がスムーズにできるようになるのです。

行動というのは、誰でも「面倒くさい」と感じるのです。行動をしなくて済むのであれば、しない方を選ぶのです。なぜなら、人の本能は、手を抜くこと、楽をすること、サボろうとすることようになっているからです。

瞑想を通して、悟りの境地に至ることができます。「悟り」というと、何かが見えて、何かを感じるというような印象もあるのですが、それだけが悟りではなく、行動ができるようになることが悟りなのです。

行動というのは、今の瞬間にすることです。今行動しない人は、あとになっても、明日になっても行動をしません。常に先に延びるのです。

悟りの境地というのは、今の瞬間を大切にできるのです。過去も関係ないし、未来も関係なく、今の瞬間に集中ができるので、今の瞬間にできる行動が見えてくるのです。

瞑想を通して、悟りの境地に至ることで、行動ができるようになります。行動ができるようになれば、行動がどんどんやりたくなるので、行動の良い循環ができるようになっていきます。

瞑想の目的:充実した人生を送る

瞑想の目的

瞑想をやる究極の目的は、「人生を充実させる」ためにやるのです。瞑想自体は何の生産性もありません。どんなに瞑想をやっていても、何一つ生産されることはないのです。

中には山に籠って、瞑想をしている人もいます。誰とも会わないで、誰とも接しないで、一人で自給自足をしながら生活をしている人もいます。

人とも接しないで、余計な情報も入れないので、清らかな印象を持つ人もいますが、そのような環境の中で、瞑想をしても全く意味がないのです。むしろ腐っていくのです。

人というのは、他の人と接していくことでしか、成長することができないのです。ただ余りにもネガティブな人が多いし、余計な情報が多いので、他の人と接していくと、イライラしたり、面倒になることが多いのです。なので「一人になりたい」という人が多いのです。

世の中で一番難しいのが「人間関係」なのです。同時に一番成長ができるのも「人間関係」なのです。そして一番面倒なのも「人間関係」なのです。

その人間関係さえ良くなっていけば、充実した人生になることは間違いないのです。ですが一番簡単ではないのです。

なぜ人間関係が一番難しいのかというと、人間関係には2種類あって、自分との人間関係と他の人との人間関係があって、自分との人間関係が充実していないから、他の人との関係も上手くいかないのです。

瞑想というのは、自分との人間関係を解決していくために必要なのです。そして、習慣にしていけば、誰でも自分との関係を良くすることができます。

自分との関係が良くなっても、他の人と接しなくなった場合、腐っていくのです。山に籠っていくら瞑想を極めても、全く雑念が無くなっても、全く意味がないのです。

私たちは山に籠るわけにはいかないし、籠る必要もないのです。今の現状の中で瞑想を習慣にしていきながら、より充実した人生を送ることが瞑想の目的であるのです。

そのためには人間関係が必要であるし、その人間関係を充実させるために、瞑想が必要なのです。その目的を明確にしておかないと、瞑想のための瞑想になってしまいます。

他の人との人間関係を充実させる前に、自分との人間関係を充実させていくのですが、まずは瞑想でありのままの自分を観察していくということです。

今のありのままの自分というのは、過去の記憶が大きいので、余計なことを考えて、思ってはいけないことを、思っているかもしれません。全てをありのままにしたら、とても他の人に言えないようなことを、考えて、思っているのかもしれません。

そのありのままの自分を観察したら、理想論や綺麗ごとと大きなギャップがあるのは当然なのです。それでもありのままを知らない限り、心を転換することはできないので、自分との人間関係を充実させる第一歩を踏み出せないのです。

瞑想というのは、姿かたちは、ただ座って目を閉じているだけなのですが、ありのままの自分と向き合う、とても過酷で厳しいことなのです。

他の人との人間関係は場合によって、避けることができます。つき合わないこともできます。ただ、自分との人間関係は避けることも、逃げることも、つき合わないこともできないのです。

そしてありのままの自分を知るというのは、弱さや醜さ、ときには怪物のようにも感じらられる場合もあります。それが瞑想によって全てをあからさまになるのです。

多くの人は、ありのままの自分と向き合うことを、無意識に避けています。時間があれば、スマホを見たり、パソコンを見たり、TVを観たりしながら、自分と向き合う時間を無意識に避けています。

なぜなら怖いからなのです。ありのままの自分と向き合うのが怖いから、外のもので避けようとしているのです。1分とも耐えられない人が多いのです。

なので、瞑想というのは自分と向き合う、という最も厳しい修行でもあります。ありのままの自分と向き合うことでしか、自分との人間関係を上手くさせることができないのです。

そして瞑想を続けていくと、今までの自分なり築き上げてきた自我が崩壊していきます。その自我が崩壊するときは、文字通り自分が壊れてしまうのではないかという、不安や恐怖にさらされていきます。

さらに「瞑想なんかしなければ良かった」という後悔の思いも出てきます。とにかく、内的な試練が大きく作用するのです。

自我が崩壊しようとしているこの時期は、ただ耐えるしかないのです。時間が過ぎ去るのを待つしかないのです。この時期は、とにかく瞑想の時間を増やして、瞑想によって耐えるようにしてください。

この時期を越えたときに、今までの全てのモヤモヤが晴れて、一気に転換することができるのです。そして悟りの境地に至ることができるのです。

より充実した人生を送るために瞑想を実践していくのですが、充実するためには、今までの膿を出していきながら、新しい自分になることから全てが始まっていきます。

瞑想が人生を充実させるのではなく、瞑想を通して今までの全てのことを、一旦リセットすることで、充実した人生の出発ができるということです。

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